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鈴木省三記念バラ園開園30周年記念

バラ園芸フォーラム

2020.10.11(土) 14:00-16:30

​東京都立園芸高等学校 講堂

バラ園芸フォーラム開催にあたって

 

 本校は明治41(1908)年に東京府立園芸高校として創立した、日本初の園芸高校です。学校名に「園芸」が冠してある通り、我が国の農業教育、園芸教育を常にリードしてきた学校です。開校以来112年間、生徒は「勤勉・勤労」の校是を受け、農業教育の実践をとおして、試行錯誤、体験や体感を重ね、自己肯定感や自己有用感を獲得していきます。

 現在は全日制課程に園芸科、食品科、動物科を設置し、定時制課程には園芸科を設置しております。世田谷区深沢にあって、東京ドーム2.3個分の広大な校地には生徒の実験・実習に必要な恵まれた施設・設備が用意されています。

 校内の一角には、本校の卒業生で Mr.Rose とも呼ばれた鈴木省三氏などの協力により平成2年(1990年)に開設されたバラ園があります。通常期であれば5月と11月にはきれいな花と素晴らしいい芳香を放つバラ園の公開を生徒、ボランテイアによる園内ガイドによる鑑賞や吹奏楽部による演奏などを実施しております。関連してバラやバラ園芸に関するフォーラムを開催しております。

 今年は感染症の影響で5月のフォーラム開催は中止となり、秋の開催も危ぶまれましたが関係者の尽力により開催の運びになりました。本日のフォーラムを通じて、バラやバラ園芸に関する理解やバラを愛する機運が一層高まることを期待しております。

東京都立園芸高等学校長  並川 直人

第1部 バラ園開園30周年記念講演(14:00-15:00)

 

演題: 花と緑の力 人を助ける美しいバラとの記憶

 

  講師: 後藤みどり先生 (有)コマツガーデン代表取締役

 山梨県中巨摩郡にて、「ロザ ヴェール(有)コマツガーデン」を経営する傍ら、バラ新品種を作出。現在、山梨県内で5件のバラの管理ボランテイアに携わっている。 

 目黒区自由が丘駅前には、後藤先生作出のバラが植栽されており、気品ある香りを漂わせている。

1.はじめに

 バラ園開園30周年おめでとうございました。

 バラ園関係の皆さんが長い間、バラ園を守り続けてきたことに敬意を表します。

 正門から学校に入って来ると大きな木々の間をぬけて、こんなに自然が残っている学校だと感じました。

 二十歳頃、この園芸高校で鈴木先生の講演会を聞きに来たのが、バラにかかわる仕事を始めたきっかけになっています。講演会では,バラの美しさに引かれて、席が足りないほどたくさんの方々が、鈴木先生の言葉にうなずきながら聞き、バラの写真に感嘆していたのが印象に残っています。その時、オールドローズなど、バラが昔から長く愛されているのを聞き、バラを知れば知るほどバラの魅力に引き込まれました。

 今回新型コロナ禍で皆さんの生活が難しくなっている中、本日はバラに助けられた人達の

話も含めて、私の経験から、花と緑の力 人を助ける美しいバラとの記憶の演題でお話をさせていただきます。

 

 

2.コマツガーデンについて

1968年 山梨県甲府市丸の内に園芸専門店コマツガーデン創業

1974年 山梨県笛吹市石和町に新店舗構える

1988年 (有)コマツガーデン設立

1991年 山梨県北杜市白州町に生産拠点を開き本格的にバラ栽培を始める。

     農業法人となる。

1993年 バラの通信販売を始める。

2005年 バラ栽培教室(コマツローズクラブ)を始める。

2006年 国際バラとガーデニングショウ出展

    現在は生産から販売まで社内で行う。

    ローズアドバイザーとして、イベントや緑化、栽培指導など多岐にわたって

    バラに関わる仕事をこなす。

2014年 山梨県昭和町にバラとガーデニングショップ ロザヴェールオープン

3.バラ生産・販売の取り組み

 

 先代(父)が苦労してバラの接ぎ木技術を学び、その技術をベースにハイブリッドテイー中心に生産技術を確立した。

 まず、自分が気に入ったものを販売したいとの思いがあったので、オールドローズ、イングリッシュローズなど古いバラを日本でどのように販売するかに取り組んだ。

当初、オールドローズは一期咲きで売れない、イングリッシュローズはシャクヤクのような形で好む人はいないなどと言われ挫けそうなった。そこで、こんなに変わったことをする人が、日本に一人いれば、それを欲しい人に間違いなく十分に供給できる、たくさん売らなくても欲しい人は必ずいるから、そういう商売を気楽にやれば良いのではと割り切って考えた。

 欲しい苗を探したが、どこのメーカーにも無いので、自分で作るしかないと、生産に取り組んだ。

4.バラ苗の大量生産

バラは幼少期、小さい苗は弱い。

大きくするまでの1,2年は慎重に育てねばならない為、畑の土質,水質などすべての条件がマッチする畑探しに苦労した。結果として石和町から1時間ほど離れた白州町に農場を設けた。その後、農場は昭和町に移り現在に至っている。

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①接ぎ木台木の生産

台木を作っている農家に、優秀な台木を作るには10年ぐらいかかると言われたが、全くそのとおりで自分の気にいった台木がそろって出来るまでには10年かかった。

採  取:しっかりと完熟させたノイバラの種を取る。

播  種:種子は3日3晩流し水に浸した後、種子を蒔き床に蒔く(12月、2月)

防寒対策:白州町は寒さが厳しいので、藁や不織布をかけて防寒対策をし、

     発芽するまでは乾かないように見守る。

移  植:ノイバラの種を蒔いて2か月後、糸状の細い苗を移植し、

     3か月後にはしっかりとした苗になる。

台  木:竹のような棒で根元を持ち上げ、

     台木の根ぎわの所にナイフで切込みを入れて、

     テープで巻いて保護し、接ぎ木台木を作る。

     台木の太さは鉛筆大程度が良い台木になる。

②大苗生産

・新苗の植え付け:5月に定植、3,4か月で大きな苗になり、花が咲く。

・大苗の堀上げ :日本の寒さに耐えられるように霜を2回浴びさせて、固めた後、

         大苗を掘り上げる。苗を冷蔵庫になるべく保管せず、注文があった苗を

         掘り上げ、お客さんに直接送るようにしている。

5.コマツガーデンのバラ紹介

①販売するバラは、すべて自社農場で生産している。

②バラのカタログは、フルカラーの25冊目になった。

1955年農耕と園芸:バラのアルバムが出たころ、ピースが紹介された時代、学校のバラ園にもある剣弁高芯咲のバラが好まれ販売されていた。その後、昔の白黒のカタログにあるバラは、コンフィダンスなどを除き、ほとんど現在は販売していない。現在、日本では沢山の新花が作り出されている。

③イングリッシュローズ

イングリッシュローズのほとんどの品種のスタンダード大苗を国内唯一のメーカーとして長年生産している。オーステイン社も病気に弱い、苗が乱れるなどを気にして、イングリッシュローズの品種をある程度淘汰し、古い品種を止めて、新しく耐病性を高めた品種をカタログに載せていく方針を昨年決めた。それにより、殿堂入りしたグラハムトーマスなども2022年に販売終了になる。

6.花と緑の力 人を助ける美しいバラ

① 自分もバラに助けられた。

女性の場合、仕事と結婚・出産・子育て育児ノイローゼになることが多い。

子供が病気になり、バラが心配になったが、農場でバラは待ってくれない。

自分は眠れなくなり、40日ほど38度ぐらいの熱が出て、下がらなくなった。

お医者さんに相談したら、これを飲んだら治るよと言われて、処方されたのが漢方薬だった。それを飲んだら熱が下がり、眠れるようになった。

バラの仕事を止めようかとまで思い詰めていたのに。草で病気が治るのなら仕事を止めなくていいと思った。それからは、バラに負けないように自分を鍛えて頑張って行こういう形で、自分はバラに助けられた。

花は生き物で、バラも毎日毎日を生と死の間をさまよいながら真剣に生きている。植物に寄り添うことの大事さを感じ、植物に助けられてきた。

②「はじめてのバラづくり 12か月」出版モデルとの出会い

 

既にバラつくりに長年携わっていたので、はじめてと言う気持ちが解らなくなっていた。その時、お店に尋ねてこられた顔色の悪い代の女性が、もう疲れて仕事を止めたい、花でも育ててゆっくりしたいと言うので、やればいい、自分が手伝うと背中を押した。その女性は植物を育てたこともなかったので、この本のモデルになって撮影しながら一緒にバラを育てようと提案した。

彼女が白いバラを育てたいと言うので、ホワイトガーデンの庭の設計を始めた。

彼女の父親が残して枯れそうになっていたバラを移植し、それが春になると大きな花を何輪も咲かせた。その間、彼女は仕事を止めて、ひたすらバラに向き合っていった。ホワイトガーデンは彼女が希望していた白く、香りのよいイングリッシュローズ、オールドロースを10本程度植えた。

水を与え、肥料をやり、消毒し。育てて行くとバラはみるみる良くなっていった。 

バラが良くなってくるとバラが心配で、葉っぱが黄色くなった、花がしおれてきた、どうしたらよいかなど質問だらけになり、毎日訪ねて来るようになった。そんなに心配したらバラが疲れてしまうから、もっとおおらかに外から見守るように見てやらねばバラだって大変だよといったが。それでも心配で仕方ないと言うので、毎日バラに声をかけたらと伝えた。

 

5月にバラの花が咲いて、そのバラの姿を見ながら、彼女の顔色が日一日といい色になり、目が澄んだ色になり、綺麗な花を見ながらキラキラ輝くようになった。

 

体も丈夫になり、更に花に目覚め、現在はフラワーデザイナーになって、地元でも高い評価を受け広範な活躍をしている。

 

彼女のベースを変えたのはバラです。彼女自身が決断し、この道を選んでくれたことが本当に良かったと思っている。

③バラ栽培は病気の治療を助ける

バラ栽培を始めたガン患者が、半年ほどすると何となく元気になった。

 

現代の医療の力もあるが、自分の手をかけ、バラを何とかしたいという気持ちを奮い立たせる意思が、病気の治療に役立っている例は多い。

④美しいバラを育て周りの人たちも笑顔にしてあげましょう

花作りは一人でも楽しめるが、大勢の人を知らず知らずのうちに楽しませている。

第2部 バラ苗寄贈式

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本学校長並川直人から東京都神代植物公園颯田耕介園長に、

鈴木省三氏より本校に寄贈されたバラ品種の内170品種を寄贈した。

第3部 鈴木省三記念バラ園開園30周年記念パネルディスカッション

 

    鈴木省三記念バラ園に期待するもの -開園30周年を迎えて-

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<パネリスト>

 後藤みどり ((有)コマツガーデン代表取締役)

 山梨勝哉  (世田谷区みどり政策課長)

 颯田耕介  (東京都神代植物公園園長)

 高橋佳晴  (東園いちょう会)

 殿岡知子  (東京都立園芸高等学校バラ園「緑のボランテイア」代表)

 並川直人  (東京都立園芸高等学校長)

 椎名聖美  (東京都立園芸高等学校PTA会長)

 出口彩紗子 (東京都立園芸高等学校バラ園プロジェクト生徒)

(敬称略)

<コーデイネーター> ※以下、CNと略称

 高橋和彦  (東京都立園芸高等学校 バラ園担当教員)

1.鈴木省三記念バラ園に期待するもの

CN:鈴木省三記念バラ園に期待するものと題して、開園30周年を迎えて期待することをお聞かせ下さい。

椎名:私自身、PTAの役員をするようになって、このバラ園を始めて知りました。

PTAとしては、バラ園公開時にお茶の接待をしています。昨年の5月にバラ園で生徒さん達よりバラの説明をしていただき、こんなにたくさんの品種があり、大きさ・色・香りがさまざまなバラがあることにとても感動しました。毎年これだけのバラを育てるのに、生徒の皆さんや地域のボランテイアの皆様、また先生方のお力があってのことと思います。

 

バラ園では、QRコートを読み取ればバラの説明をしてくれることがわかり、これが学校の施設にあることが驚きでもありました。今年は新型コロナウイルス感染対策のため、多くの方にバラ園を見て頂けないのは残念でしたが、バラ園のHPでバラ園の様子が動画で流れていてすごく癒されました。また来年以降もたくさんの方に、このバラ園を見て頂けるのを楽しみにしています。

 

CNPTAの方々には、5月のバラ園公開、11月の園芸展の際、

見学者にお茶の提供をして頂いています。

また、バラ園パンフレット制作など、バラ園に色々な貢献をして下さっています。

 

高橋:本校園芸科出身の高橋佳晴と申します。

本校創立80周年記念事業の一環として、校内花卉圃場にバラ園を造る計画が練られました。造園にあたっては、東園いちょう会(卒業生で園芸植物に携わる会員で構成された会)に協力要請があり、鈴木省三先生が貴重なバラ苗を寄付してくださるというので、会員約30名が頑張ってやろうということになり、全面協力することになりました。

 

造園科の仲間が重機を持って来て土を掘り返し、斜面は旧国鉄の清算事業団から使用済みの枕木を無償で譲り受ける事になりました。

いちょう会の会員が重たい枕木を2台のトラックに積み込み、バラ園予定地に運び入れました。重労働ではありましたが、立派なバラ園が完成することを夢見て、とても楽しい作業でした。

 

このような苦労をして出来上がったバラ園を、後世まで永く維持・管理し、教材として、地域の共有財産として、活用して頂きたいと思っています。大先輩である鈴木省三先生の意志を継いで、園芸高校の宝物として残して頂きたいと願っております。

 

CN:旧国鉄から枕木を頂いた時、私も一緒に作業をさせていただきました。

枕木は栗の木なのでとても重く、さらにコールタールをしみ込ませているので、非常に重くて苦労しました。これをバラ園の土止めとしてトラックに積み上げて運びました。そのおかげでなかなか腐りませんでしたが、30年経ってさすがに古くなっているので、これから代替えを検討しなければならない状況にあります。

初期の頃は、いちょう会のお力がなければこのバラ園は維持できませんでした。

除草などは生徒たちでできますが、剪定は慣れていないとできないので、いちょう会の方々にお集りいただいて、一斉に剪定をしました。いちょう会の方々もご高齢になられたので、現在はボランティアの方々に剪定をお願いしております。

 

殿岡:卒業生のいちょう会の皆様のご尽力で作られたバラ園が30年という長い間、

維持・管理されて来たことをとても誇りに思います。また、我々ボランティアは2013年から参加させて頂いておりますが、バラ園のお世話ができることを嬉しく思っております。

このバラ園は、大変特別なバラ園で、鈴木先生が母校の後輩の皆さんに、バラの歴史や育種を教えたいと思われて選定された、特別なバラがたくさん植えられています。原種や原種交配種、古い時代に日本に入って来たチャイナローズ、オールドローズ、古い時代のハイブリッドティーやフロリバンダなど、さらに鈴木先生が育種されたバラもたくさん植えられております。こうした特別なバラを有するバラ園は、日本中でもここしかないと思っています。

このバラ園を維持していく為には、大勢の力が必要で、学校関係者の方々の他に、ボランティアも何かのお手伝いが出来ていることを喜んでいます。後藤先生のお話にもありましたが、バラは手をかけなければ、すぐに弱ってしまいます。テレビや新聞でも取り上げられ、写真集も出ているのでご存知の方も多いと思いますが、福島に立派なバラ園がありましたが、東日本大震災による原発事故の影響で人が近づくことが出来なくなると、悲しいことに驚くほど早くバラ園が荒廃しました。バラは本当に人の手を必要とするものです。

学校の生徒さんの教材としてのバラ園ですが、大勢が協力することで、バラ園を維持して行けると思っております。イギリスにモティスフォントアビーという、誰もが一度は行きたいと思うバラ園があります。このバラ園でも驚くほどたくさんのボランティアが一日中活動しておられました。先生方にもお手数をおかけして大変とは思いますが、いつかボランティアの募集をして頂き、我々ボランティアがいつまでも活動できるようにして頂ければと思っています。

神代植物公園は、世界バラ連合の優秀庭園賞を受賞されました。東京近郊では、草ぶえの丘バラ園と横浜イングリッシュガーデンが受賞されています。私は、ずっと前から世界バラ会議に出たりしている時に、ここのバラ園こそ優秀庭園賞を取っても良いのではと思っておりました。規模は小さいですが、この植栽のユニークさ、歴史的背景、東京にあるということなどを鑑みると、最も相応しいのではないと思っているくらいです。

こういう賞を取れるようなバラ園になるよう、これから先、50年、100年、学校と共にバラ園を育てていかれるとよいなと思います。

 

CN:緑のボランティアの方々のお力が無ければ、このバラ園は維持できないという状況です。

 

逆に、色々な方がこのバラ園に気持ちを寄せて下さる、そして力を貸して下さるということに、意味があると思っています。生徒だけで維持管理が出来たとしても、それでいいのだろうか。やはり地域の方の力、気持ちを寄せてもらい、生徒も一緒になり、良いバラ園にしていく方が、意義があるのではないかと思っています。

数年前に文科省から新学習指導要領が示され、「社会に開かれた教育課程」というのがテーマになっていて、地域の方と学校が一緒になって生徒を育てていこうと提唱しています。本校は、その先端を行っているのではないかと思っています。これからも、ボランティアの方にお力を添えて頂き、生徒と一緒になって、このバラ園を良くしていきたいと思っています。

 

颯田:神代植物公園の颯田です。

神代植物公園は、来年60周年を迎えます。バラ園は、ロサンゼルスから寄贈された日米親善のバラ園に始まり、それに多くの品種を加えて、国際バラ新品種コンクール花壇なども設け、沢山の人に親しまれています。このバラ園は設計の段階から鈴木省三先生に大変お世話になりました。

平成21年世界バラ連合優秀庭園賞を受賞しました。この賞の基準としての適格条件は、

・最高水準で常に展示している

・魅力的なバラ園で、一般公開している

・国際的規模で新品種の試作を行っている

・教育的視点で一般の方々がバラの知識を得て、高めて行く場所になっている。

その中の1つに原種を保存していることがあり、オールドローズ園がそれに対応しています。コレクションの内容は、平成8年に園芸高校から頂いた31品種の鈴木先生の作出品種のコレクション、野生種、オールドローズなどを展示しております。この先生のコレクションが我々の優秀賞受賞に大きく寄与しております。

鈴木先生は、世界各地に自生している野生種、オールドローズというものの遺伝資源としての価値、有用性を非常に早くから認識され、意欲的に世界から収集されて来られました。本日も、鈴木先生のコレクション170品種を寄贈頂き、光栄に思っております。これを広く、皆様にお伝えすることが出来ることの意義深さを感じると同時に、非常に重い責任を感じております。大事なことは、バラ園が保有するコレクション、その遺伝資源をきちっと管理していかねばなりません。我々は植物園として、こちらの園芸高校とさまざまな連携を取らせて頂きながら、我々の出来る役割を果たしていきたいと思っておりますので、今後とも宜しくお願い致します。

 

CN:神代植物公園が優秀庭園賞を受賞されたのは、鈴木先生が寄贈された原種、

オールドローズが非常に大きな寄与をしているとの事でした。

平成8年頃、神代植物園より、鈴木先生から頂いたバラ品種が欲しいとの話がありました。独断で決めるは出来ないので、当時の神代植物園の方と二人で、千葉県八千代市の鈴木先生のご自宅に参り、そのお話をすると鈴木先生は大変喜ばれ、「いいよ」とのお返事でした。そのことが、今回の優秀庭園賞受賞につながったことは、鈴木先生も非常に喜ばれることと思います。

その時、鈴木先生が、実は最初に神代植物公園に自分のバラを寄贈するからバラ園を造らないかとの話をしたが、神代植物園が難色を示したので、園芸高校にバラ園の話を持って来たとのお話でした。おかげでこのバラ園が、園芸高校にできることになり、園芸高校としては宝を頂いたということで、大変うれしく思いました。

本日、鈴木先生のご意志通り170品種のバラを神代植物公園にお渡しすることになり、鈴木先生もきっと喜んでおられると思います。今後も一緒になって苗木の保存に取り組んで行きたいと思いますので、宜しくお願い致します。

 

後藤:コレクションと言う意味では、父がブータンに2回植物の研究で行き、

ブータンのナニワイバラという一重の白いつるバラを持ち帰りました。このバラは、病気に強く原種に近いバラでしたので、父は、これはとてもめずらしいバラなので、鈴木先生に鑑定して頂きました。その頃の品種は病気に弱かったので、こういう丈夫なバラを作ってもらいたいと言って、1年経過し花を咲かせたそのバラを持って、私を連れて京成バラ園の先生の研究室に行き、先生にこんなバラを持って来たのだがどうだろうかと言いますと、先生が、これは珍しいバラだと手に取って、奄美大島にあるナニワイバラとは形態が違って、これはヒマラヤが隆起する前に分岐したナニワイバラだと、壮大な話が始まり、そんな昔のバラだということと、その時代のロマンを語り合う二人の姿が今でも忘れられません。その時、鈴木先生が私にナニワイバラの香りをかいてごらん、これはミツバチのとってもよく集まる香りなんだと言われたのを覚えています。

人には記憶の中に香りという、とても強い記憶の残る分野が脳にあり、その脳の中で思い出すと香りがよみがえって来ます。私はナニワイバラの花を見るだけで、その香りが脳から伝達されてきて思い出されます。そんな香りが、皆さんの思い出になり、このバラ園にずっと残ったらと思います。

人には、故郷がそれぞれあると思いますが、花の故郷という形で、生徒さんの気持ちが落ち込んだ時、楽しい時、皆と遊んだ時、バラ園で感じた香り、香り一つ一つに思い出が含まれていて、いつの日か、その方たちが大人になって、学校にいた時のあの思い出にまた触れてみたい、学校を訪れてみようかといった時、そこに同じ香りのバラがたたずんでくれていたら、どんなに嬉しいことでしょう。この世田谷の地で、いろいろな方に触れあって頂きながら、その香りが皆さんの思い出になるような、そういう世界観を持ったバラ園にして頂けたら、本当に嬉しく思います。

 

バラの香りは7つあるので、皆さんがこのバラ園で、その香りをかいで、感じて頂ければ良いのではと思います。

 

CN:最近は農薬が使えないので、病気に強いばらをバラ育種家の方は目指しています。

特にドイツは全く農薬が使えなくなっています。

香りがあって、なおかつ病気に強いバラの開発が最先端の育種家の狙いです。

これからそういうバラが、次々と出てくると思います。

後藤先生のお父様は、鈴木先生と何かかかわりがあったのですか?

 

後藤:バラ園を造る際、鈴木先生に色々と伺って、設計から何から相談しながら、

当時は珍しい印象派庭園のフランス様式だったので、先生の持っている本などもお借りして造ったと聞いています。

とどろきばら園から京成バラ園を造る段階で、うちのバラ園の方が少し早かったので、京成バラ園の方が先生と一緒にうちに研修に来られたことがありました。

当時、種苗法がありませんでしたので、先生は種苗法がないと作出した人の権利が奪われ、作出する意欲もなくなる。いい品種を長く残す為には、種苗法が必要だということで、国にかけあっていました。その時の委員会に、父が参加させて頂き、種苗法が日本で成立したという経緯もあります。

 

山梨:世田谷区の山梨です。最近のコロナ禍で、緑の大切さを再認識しているところです。

 

外出自粛により自宅周辺の行動ということで公園が混んで密になっています。自宅でガーデニングをする人が増えたなど、色々なところからお話を聞いております。

 

世田谷区の緑は年々減少して来ており、区政100周年となる2032年に、みどりの面積割合と区民満足度を33%とする長期目標「世田谷みどり33」を掲げ、みどりを守り増やすさまざまな取り組みを行っています。

 

公園の緑化、緑地の確保、公共施設の緑化などさまざまな取り組みです。区の面積の約7割は、民有地であり、民有地の緑をしっかり保全し、増やしてゆくことに力を入れています。その為には区民、事業者の皆様の協力が必要ですので、区民の皆さんのご理解を得る為に、色々な啓発活動を行っています。例えば、緑化女性支援制度の導入、建築する際の緑化基準の設定、春のガーデニングフェアー、緑化各種の講座などのイベント開催です。

 

区にとっても貴重なみどりが多く見られる園芸高校の敷地にあって、30年にわたり先生方や生徒の皆さん、ボランティアの皆さんのご努力により維持管理して育てられたバラ園について、一人でも多くの区民に知って頂くために、世田谷区のHPに園芸高校バラ園のHPをリンクさせて頂いております。

これまで以上に、このバラ園が地域の方とのかかわりの中で、みどりの大切さを地域、区民の皆さんに伝えていく一助になればと思っています。

 

CN:鈴木先生が、昭和8年に園芸学校二部専修科を卒業された後、

とどろきばら園を昭和10年頃に造られ、昭和46年頃まで大井町線の九品仏と尾山台の間の線路沿いにありました。

昭和30年頃は、バラ苗一本が2500~3000円したと言われています。当時の高卒初任給が7~8000円の時代ですので、どれだけ高かったかお解り頂けると思います。それを買いに来られる方が大勢いらしたということでした。

 

とどろきばら園が日本のバラ園芸の発祥の地と言っても過言ではないと思います。

世田谷は、園芸文化の香りが高い地域だと思います。

世田谷区は、2032年区政100周年を迎えるということで、区民の満足度を33%にするとのお話でした。世田谷区にバラ園を造って頂けるのであれば、区民満足度が上がると思います。

2032年まで時間がありますので、ご検討頂ければ、お手伝いをさせて頂きますので、宜しくお願いいたします。

 

出口:私たちバラ園プロジェクトは、剪定など日々バラ園の手入れを、

ボランティアの皆さんと一緒に行っています。

今年に入って、自由が丘駅前のロータリーにある花壇を自由が丘商店街の皆さんと一緒に手入れをしています。自由が丘の道行く人にバラを楽しんでもらいたいと思っています。

今年はコロナウイルスの影響で、バラ園に来て頂けるお客様が少なく、ボランティアの皆さんと整備をする日が続いています。これまで本校のバラ園には多くの皆様にお出で頂きましたが、小中学生以下のお子さんにもバラに興味を持ってもらえるように説明の工夫をして、様々な年齢層の方々にも楽しめるバラ園にしていきたいです。

バラ園の実習を通して、ボランティアの方に学校にある品種が昔の絵画に描れていたとか、漫画の中に同じようなバラが出ていたとか、学校では習わないことを色々教えて頂いて、全く知らない面白いバラの世界を開けてもらっていると思います。これからもバラ園のボランティアや地域の皆さんのご支援とご協力を頂き、この歴史あるきれいなバラ園の姿をこれからも保っていきたいと思います。これからも宜しくお願いします。

 

CN:今年の9月から自由が丘駅前のロータリーの自由の女神周辺の花壇に、

後藤先生が作出されたバラを植えて下さっています。

 

地域の方と本校のバラプロジェクトの生徒たちが一緒になって管理していくということで動き始めました。そばで見ていますと、生徒たちの動きがバラ園でやっているより生き生きとやっている感があります。

 

そして自分たちのやったことが、地域の方に喜んでもらっていることが、励みになっていると思います。この姿を見ると、本校のバラを管理する上でもプラスになるのではと思っています。

 

自由が丘の商店街の皆さんと一緒にとても意義を感じております。

   

並川:昨年度29年ぶりに、園芸高校校長として着任したわけでございますが、

平成3年に教員としてこの園芸高校に着任しましたので、バラ園は出来立てのホヤホヤで、形が出来た段階で、今日のような状況ではありませんでした。私は、食品化学が専門でしたので、バラ園で直接仕事をしたことはありませんでしたが、時々放課後とかに回ったりすると、鈴木先生がいらして、バラを見られているシーンを拝見させて頂いたことがありました。それから、月日が流れて、今日のようになったのだと、皆様のお話を伺って思っているところでございます。

商業用のバラ園、公園バラ園と違って、学校にあるバラ園、このバラ園が出来る背景、ストリーなどをお聞きして、改めてこのバラ園の価値についての認識を新たにしました。

 

一方で学校の形態もさまざまに変わって来ておりますので、園芸高校が有ってこそのバラ園というのが大前提になって来ています。学校を取り巻く環境は、大変厳しくなっているのは事実であります。令和4年から新しい学習指導要領が始まって来ますので、そういうさまざまな学校の変革の中で、どう持続可能なバラ園を維持管理してゆくかという大きなターニングポイントに来ているというのが正直なところです。

 

皆様方から頂いている様々なご意見は、その通りだと思いつつも、何が最適解なのかということについては、昨年からずっと模索しているところです。ただ単にバラ園の維持だけが目的化してはいけないということでございます。学校にあるバラ園ですから、生徒の教材としての価値を日々の管理で、生徒がそこで学び、生徒やここに勤める教員も愛する、そういうものを作って行く過程で、皆様方のお力をお借りすることが必要と思っています。

引き続き皆様方の貴重なご意見を参考にしながら最適解を見つけていけるように進めてゆきたいと思っております。

2.バラ園を将来に向けて持続可能な形で維持管理し、

 活用していくにはどうしたらよいか?

CN:皆さんのお話の中で共通していたのは、

このバラ園を将来に向けて持続可能な形で維持管理してもらいたい、

そして後世に残してもらいたい、このバラ園は宝物なのだというお話がありました。

その為には、バラは手のかかる植物で、大勢の方に手をかけて頂くと同時に、気持ちをかけていかねばならないと思っています。

 

その辺は、後藤さんは何かお感じになっているのではと思いますので、本校のバラ園を維持管し、持続可能なバラ園にしてゆくために、何かありましたらお願いします。

 

後藤:バラ園の持続可能ということは、バラを枯らさないこと。

 

バラが枯れる第一は、カミキリムシ。根元に木くずが出ていたらそこに入っている。

カミキリムシは、人の通る側ではなく、反対側の見えない所に穴を開ける。

もう一つが、コガネムシ。

土の中でけっこう深く潜って卵を産み、生まれた幼虫が根を食べる。

表面的には解らなくても、バラがぐらぐらしてきたらコガネムシの幼虫に根を食べられています。

太くしっかりした株ほどコガネムシにやられやすい。

コガネムシには、最近住友化学さんから出た薬剤(ベニカXガード粒剤)などで処理しながら、早期発見、早期治療が重要です。

人がバラ園に入れば入るほど虫は嫌がる。

大勢の人にバラを見ながらチェックしてもらうことが重要です。

 

この事実を皆さんと共有できるように、学生さんが得意なSNSなどで発信する。自分も最近YouTubeに出ましたが、大反響でした。

細かく難しいところを簡単に教えるのは動画ではやっていないので、初心者のためのYouTubeに出て、こんな簡単なことは皆が解っていると思ったのですが、良く解りましたなどのお返事を頂きました。

皆の知識の共有がネット上でできたら面白いのではないでしょうか。

 

CN:本校のバラ園HPでもバラ栽培の基礎の情報提供をしていますが、

更に充実させていきたいと思います。

非常に興味深かったのは、人が通る側は被害にあわず、裏側に被害がでる、バラ園に人が入れば入るほど被害が少なくなるとのお話でした。

 

本校のバラ園もカミキリムシの被害が多くなっているので、まだまだバラ園に入る回数が少ないかなと思っています。

これからも皆でバラに気持ちを寄せていけば、カマキリムシ被害も少し減るかと思っています。

 

颯田:本バラ園が教材として活用されるだけではなく、市民が参加するボランテイア活動を行い、

また、生徒さんがバラプロジェクトで、自由が丘に出て、技術・ノウハウを生かし、街に貢献されている活動も素晴らしい。

 

バラ園を長く維持するためには、多くの人に関心を持ってもらう必要がある。その種まきとして、神代植物公園のハードとしての発信力で、このような活動をするバラ園がある、との事例紹介の協力ができる。

 

CN:心強いお話ありがとうございました。情報発信が必要とのことです。

バラプロジェクトの話がありました。バラプロから何か。

 

出口:自由が丘の方々と一緒にバラの手入れをし、自由が丘のハチミツを頂きとても美味しかったです。

園芸だけでなく食品まで幅を広げる事が出来るのは、とても良いと思います。

これからも自由が丘の方々と一緒に頑張っていきたいです。

 

CN:世田谷区として、このバラ園への期待・課題などありましたらお願いします。

 

山梨:世田谷の区立公園で、バラを育てているのは大倉公園のみだと思います。

バラの維持管理は経費、手間がかかり、また場所が見出せないのが現状です。

情報の種まきとして、子供たちへの情報発信も必要と思います。

世田谷区では、小学生向け講座、子供たちに解りやすいパンフレット配布などをしています。

バラ園についても、子供へ紹介するのは将来につながると思います。

 

CN:ありがとうございました。

保護者の立場からバラ園をこうすべき、こうすれば周りの人に喜んでもらえるなど、お気付きの点がありましたらお願いします。

 

椎名:PTAがバラ園に関係しているのは、バラ園公開時のお茶の提供程度です。

自分も子供が2年生になりPTAの役員になって、はじめてバラ園を知りました。

 

CN:私どもの学校内でのバラ園PRが足りないということですので、

今後の課題の一つとして保護者の皆様にご理解いただけるよう取り組みます。

高橋さん、これからバラ園が長く続く為に、何をすべきかご意見ありませんか?

 

高橋:これから秋の美しいバラが咲きます。

現在バラ園にあるQRコードの付いたバラの名標は、我々いちょう会が寄付したものです。

貴重なバラの名前をぜひ憶えて、このバラ園にいくとこんな素晴らしい品種のバラがあるとPRしてほしいと思います。

名標がなくなり品種が解らなくなったというようなことが無いように、追加の品種名標が必要になれば、いちょう会が経済的援助をしたいと思います。

 

CN:心強いお言葉ありがとうございました。

殿岡さん、このバラ園が末永く維持され、生徒の教材として活用され、地域の共有財産として皆さんに喜んでもらえるには、大勢の人の思いが必要とのお話でしたが、その辺にもう少し踏み込んだご意見があればお願いします。

 

殿岡: 我々ボランティアは、先生方の面接を受け、選抜され、

その後1年間生徒さんと一緒に勉強し、授業の2/3以上の出席で、ボランティアとして認定されます。

 

その間、生徒さんと親しくなり、お互いに刺激を受けてあっています。

 

このバラ園には、昔の絵画に出てくるような古いバラ、原種も沢山あります。

これらのバラは、本来育つ場所と違う所にあるので、手間がかかります。

人間は長い歴史の中で、その時々に欲しいと思うバラを作って来ました。

現在は香りがあり、耐病性のあるバラが好まれていますが、香りがなくとも長く咲いているバラが好まれた時代もありました。これまで黄色いバラ、オレンジのバラ、青色のバラと人間の好みで新しいバラが作られてきました。

人が好みに合わせて作ったバラの栽培管理は非常に手間がかかるものです。

バラ園を末長く維持して行く為にも、ボランティアの人員確保は重要な課題であり、バラ園管理の長い年月を考えると、様々な事情で全員が毎回参加できるわけではないので、ボランティアを毎年少人数でも定期的に採用して頂きたいと思っております。

ボランティアの採用や育成にはお手数をおかけすると思いますが、持続可能な形を模索していただきたいと思っております。

 

CN:本校のバラ園の特色は、大勢のボランティアの方々が入っていることです。

教育施設であると同時に、地域の方も一緒になって管理しています。

本日も大勢の方が、このバラ園に気持ちを向けて頂き、思いを一つにし、大勢の人の力でバラ園を維持管理しようと思ってくださっています。

当然生徒たちも一緒になって、多くの人の思いが重なって良くなっていくに違いないと思われます。

綺麗なバラが咲くと生徒たちもうれしい、またボランティアの方もうれしい。

学校にとってもそれが口コミで広がっていくと本校の評価が高まり、人気が上がってゆく。

どこをとってもいいことだらけだと思います。

校長先生が言われる持続可能をキーワードとして、今後とも皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

校長先生、最後にまとめを宜しくお願いします。

 

並川:皆さんの言われていることは十分理解しております。

ただ、校長としてどうしなければならないかと言う点で思い悩んでおります。

私が全てのことをストップさせていると誤解しないで頂きたい。

学校には厳然たる事実として、人事異動があります。

それが、継続の不可能性を生み出す要因になっています。

それもきちっと見通しを持ってやっていかなければなりません。

 

今、学校現場では○○教育ということが、毎年1個ずつ増えている状況です。

外部とのこともその通りで、それは自動的に外部との連携が進むわけではなく、その担当の先生が必ず関係者とやり取りし、さまざまなコーディネイションをしなくてはなりません。

多くの先生が○○教育に関わっているので、バラ園だけではなく、全体の中でどうするかが学校に課せられた大命題です。

本校だけではないですが、このような現実でありますので、その裏側にはさまざまな課題が出てきています。これをしっかり解決しなくてはなりません。

本校の究極の持続可能性は、園芸高校園芸科で学びたい生徒が増えることです。

それがないと学校自体が存続できない、そういう時代に入っています。どんな重要なことをやっても、一番にやらなくてはならないことは、お預かりしている生徒をしっかり教育することです。

その中にバラ園があり、地域との関わり合いがあります。

 

大学院の自分の専門は、生涯学習ですので、社会との関わりの重要性は充分認識しております。

さまざまな教育資源、人・物・金をどう活用していくかということです。

 

本日は、大変深いお話を頂戴いたしましたので、皆様方のご期待に応え、その結果として生徒が育っていくという形に持って行きたいと思っています。

今日、入って来て頂いた銀杏並木も大正元年に生徒が植えて108年目となります。

本校には100年を超えるさまざまな歴史的教育財産がありますが、教育財産だけではなく、新しい教育の中で生徒たちに魅力あるものを生み出していかねばなりません。

 

その一つとしてバラに接した中で、園芸の分野で新しい発見をし、ここにいる生徒(出口さん)のように、地域の中で育っていく生徒を一層多く育てていきたいと思っています。

 

CN:本日は皆様から忌憚のないお話しをお伺いできましたことに、感謝申し上げます。

今後もバラ園をよろしくお願いします。 

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